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2015年3月25日水曜日








ずーっと更新してなかったです。未整理写真がたまってます。精神的にまいっていたので、クリエイティブな気分になれずにいましたが、また1からやっていこうかと。グーグルブロガーのアダルトとアートの境目のない規制問題も、現状維持と決まったようです。基本的にアートであり、肌色が増える時は作品に肌色が必要な時に限ってますので、心配はないのですが、ときおり、エロスの虜になった作品もあると思われ不安だったのですがこの場がなくならずにほっとしています。ご覧になったご感想を送っていただけることを心待ちにしながら、時おり更新するようにしますね。

2010年6月1日火曜日

001_グループ展「Cabaret Tapio」展示作品

















































画像合成技術的にはこの後の「崩壊の誘惑」展に
出品した、作品の方が上だが、大胆な構図と、
画壇系の作家も多く出品するグループ展への
反則的な参加によるインパクトは多大であった模様。

2010年5月2日日曜日

024_個展「沈黙の理由」展示作品










※作品シリーズのいくつかに表現されている「肉体から飛び出ている赤い物」は、
傷口や肉片を表しているのではなく、ナニカの宇宙的もしくは
呪術的パワーにより肉体が変化しようとしている様子を
フィクションで製図、画像合成したものです。また、炎に包まれた表現は
火災現場ではなく、宇宙戦争や魔術戦争のようなSF的な物語ですのでご了承下さい。



















































































理由は言えないし、結局後付けになるのが関の山。感じた事を感じたまま。もしくは感じやすいように、感じられるシチュエーション、または素材。到達点のイメージはないのだ。もがいてもがいてたどり着く作業がいつもの個展の作品作りだ。撮らされて、向かわされて、たどり着こうとして最後に見えたもの、そこでサインを入れなければ終わらない画家の心境に似た作業は孤独に繰り返されていく。気がついたら物語がうっすらと見え始めて連作の骨が見えてくる。そうしてはじめて気がつくんだ。ああ、だからこうして撮影したんだなと。

023_個展「沈黙の理由」展示作品























































解らない。脆弱なのか強靭なのか。柔らかい物なのか、鋭い刃物なのか、あるいは、その全てなのか。理解しようとすればするほど混乱してゆく。わかってしまった時点で、それは既成イメージの押し付けになってしまって、距離が遠くなってゆくばかり。苦しみも悲しみも時代を受難する不平等な感受性も、そしていびつになった幼さや甘えた心も。自分の心の奥底に潜んでいる物は、意外と我慢強く努力家的な部分が骨格を作っているのだと信じたい。尊厳という名前の守るべきナニカ。のために。戦おう。せめてそのナニカのためには。

022_個展「沈黙の理由」展示作品




























































































何度飛び立とうと重い心に鞭打って羽ばたいても、物凄い力で壁に叩き付けられるその感じ。あきらめたくも、すがりたくもなる。生きる事の残酷さ、楽しもうとする事の残虐さ、種族単位の多数決な異物排除本能。感受性の自由ほど他人に迷惑をかけないレベルのささやかなフィールドはないはずなのに。画一化した意識による攻撃は、攻撃する側の精神の均衡を保つためだけに発せられる焼夷弾。そんな不安定な安心に心を委ねるほど愚かではないが、画一化した価値観のもとでしか、日々の糧を得られないのが社会集団の生かされる仕組みでもある事は充分承知している。そんな中、ささやかな理解のひと言が、たったひと言が癒しの魔法のように心の痣をリセットしてくれる事も稀にはあるのだが。

2010年5月1日土曜日

015_個展「沈黙の理由」展示作品
































































































ご先祖様の守りの強い女の子というのがいる。箱入りと言った物ではない。内的世界の暴発を防ぎ。ありあまったエネルギーのはけ口をきちんと確保した人生を歩める女の子の事だ。撮影者の放つ、よこしまな視線すら自粛させられるナニカの強い力。被写体の置かれた危機的状況の中でも無事生還させる強い守りが彼女にはあった。背景の中に潜みうごめいているのは撮影者の深淵から湧いて出て来た魔物の姿であろう。あと一歩が踏み込めない心情を忠実に再現してみたのだった。要するに、意図はないまま素材を収集し、自分の心の有り様が結果として形になった作品なのだなと。ご先祖様に信用されるまでは、先に行けない撮影とは、なんぞや?

014_個展「沈黙の理由」展示作品
































































































作品作りの撮影現場はがまの油のがま。油をしぼられるのが自分なのか、被写体なのか、きわどい戦いになることもある。追いつめて追いつめて追いつめても自分の心の殻から抜け出せない、その理由はわかっている。沈黙を選んだ理由は、そんな情けないものだ。無情にも残酷にも目の前の風景に戸惑う。そのあどけなさとアンバランスな諸々。壊したくない何かを自分の中に合わせ見ているに違いない。追いつめられて、あぶり出されて、映し出されていくのはどうやら自分自身のようだ。

016_個展「沈黙の理由」展示作品






















腰の細い女性に、腰の悪い人が多い。上半身を支えきれずにウネウネとした姿勢を続けている限り、腰はよくならない。成熟したセクシーさと机の上で居眠りする姿勢の悪さは別次元の物ではあるのだが、中年男の「赤ちゃん帰り」的な目線で見てしまうと、そのウネウネに、妙な憧れを隠す事はできない。被写体の目指す処の強さ、女性力の大きさ、それとは全く違う観点で「怖いものしらず」と決めつけてしまうところに疑似恋愛手法の撮影は破綻する。その素直な気持ちのまま仕上がってゆくのが「絵」としての画像いじり写真だ。しかし、写しきれなかった被写体の魅力だけが、撮影者の心には焼き付いてはなれないのだ。数年後にリベンジしてみたい。大人になった被写体に。