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2010年4月1日木曜日

018_ごめんねアリス...









ごめんね、アリス。まだまだ手をはなしちゃいけなかったんだ。もっともっとベタベタしている時間が必要だったのに。なにか、君との距離を間違えてしまった。君を幸せにする前に、きみに求める物が多すぎた。ごめんね。この溝が埋まる日はくるのだろうか...その時は、まずたくさんお話をしよう。ベタベタしよう。約束するよ。




2010年2月3日水曜日

017_撮影ライブ展覧会「幻影夜会」ポスター



















































まったく期待を裏切らない。踊っていたのに、押し倒した。髪をみだしてまたがった。そう、その表情が欲しかった。ライブはあり得ないほどのスピードで、思ったように事が運ぶ魔法の夜である。

012_個展「沈黙の理由」出展作品







































「廃墟の様な場所でタバコを吸うのが趣味」といっていた彼女が、未青年ではなくなったので、写真に撮らせてもらった。実は未青年はあまり写したくないのだ。この写真の続きがなかなか始まらない。構想が決まっているめずらしいパターンなのだがなぜだろう。内心は早く進めたいのだがなぜが、始まらない。準備はできているのに。

2010年2月2日火曜日

030_写真遊び



























ポートレートとは言っても、被写体とともに撮影遊びをしている、と言った方が正解の場合も良くある。「なんじゃこりゃ」な、空間に遭遇した時に多い。被写体特有の日頃無意識に出ているキャラを引き出しそれに乗っかる。わざわざライトを当てていない部分にライトをあてる。そうして、時間が経ってその写真を見た時に気がつくのだ。その自分の存在の在処を追尾しきれるのかどうかを。光を当てる作業というのは「了承」の手続き。被写体自身が撮影者と同じ目線で「自分自身を配置する」3p的な遊びだったのだ。

029_写真遊び










































































撮影中にテンションがおかしくなる事もよくある事だ。いわゆる悪のりに近い「ノリ」の仕業だ。また、いつでも「ノリ」がつかみきれるように素材をちりばめて準備しておく事もまた「ノリ」への期待である。特別な人間関係ではなくとも、こうした空気を玩べる楽しみが撮影する側される側の醍醐味でもある。

028_写真遊び























































































何かがちぐはぐで、思い通りに行かない感じ。だるさと、期待感、何も考えたくないけど、何か楽しい事はしたい。思春期を過ぎても消えてはなくならない、妄想と現実のギャップ。遊びの中に燃えかすが残ったとき、あらわれる気怠さ。奇妙な違和感。そこに、ゆるく開かれた心の穴がある。隙という物とは違う、穴なのだ。「ま、いっか」の精神なのだ。押し付けられたシチュエーションよりも、押し流されたシチュエーションの方が言い得て妙なのだ。

2010年1月2日土曜日

026_Jenny











































































































人の形をしたもの、とりわけ可愛らしい女の子の形をした物にはソレらしい魂が入り込む。いや、入り込んでしまうところを見破るのだ。つまり、中に入っている魂の形が理解できないと、アニメで言うところの「キャラ違いの当てレコ声優」みたいな状況を生む。お解りだろうか。お人形さん遊びは、コチラの押しつけた役柄よりも、本人(形)が持ってる性格に対してあそんであげた方が、温度も湿度も高くなり、楽しい時間が過ごせるのだ。こちらの役割は、相手次第で変わるという事に他ならない。ちなみに、私の所有する人形は20歳を過ぎているので、コスプレという事になるので、ご了承下さい。児童とか関係ないです。人形が好きなだけです。